買ったのに読み終えていないビジネス書が、机や本棚に積み上がっている。買った時は「これを読めば変われる」と思ったのに、数ページで止まったまま背表紙だけが増えていく。それを見るたびに、少し後ろめたい気持ちになる。そういう方は少なくないと思います。私自身、そうです。

先に思っていることを書いておきます。本は最初から最後まで読み切るもの、という前提を外すと、積読への引け目はかなり軽くなります。読み切れないことより、必要な時に開けないことのほうが、実は惜しいのだと感じています。

「読み切れない自分」を責めても、本は減らない

正直に書くと、私は買ったまま最初のチャプターで止まっている本がいくつもあります。全部読もうと意気込んで、結局どれも途中、ということを何度も繰り返してきました。おそらく、これを読んでいる方にも似た心当たりがあるのではないかと思います。

ここで起きがちなのが、「読み切れない自分は意志が弱い」と、本の山を自己評価の材料にしてしまうことです。けれど、責めたところで積読は減りませんし、次の一冊を開く気力もかえって落ちていきます。問題は根気ではなく、たぶん「一冊を通読しないと意味がない」という思い込みのほうにある気がしています。

🙋
途中までしか読んでいない本ばかりで、お金も時間も無駄にした気がしてしまいます。
FW
通読しなくても大丈夫だと思います。手元に置いて、必要な章だけ開ける状態になっていれば、その本はもう働いています。

積読を「資料棚」として持ち直す

読み方を少し変えると、積読の意味が変わってきます。通読する対象ではなく、必要になった時に引く資料だと考えると、途中で止まっている本にも役割が出てきます。

私がやってきたのは、目次だけ先に眺めておく、というくらいの関わり方でした。全部は読まなくても、「この本のどのあたりに何が書いてあるか」がなんとなく頭に入っていれば十分です。あとは実務で「あの話、たしかこの本にあった」と思い出せた時に、その章だけ開く。最初から通して読むより、この使い方のほうが、結果的に内容が手元に残ってきた気がします。買った瞬間に読み切らなくても、必要なタイミングで開ければ、その本は十分に元を取っていると思います。

ポイント:積読は「読み残し」ではなく「資料棚」。目次だけ把握して、必要な章を必要な時に引く。それで本は十分働きます。

「読みたい」より「解きたいこと」から開く

もう一つ感じているのは、開く順番を決めるのは「読みたい気持ち」より「いま解きたいこと」だ、ということです。読まなきゃという義務感だけで開いた本は、なかなか進みません。逆に、目の前の仕事で困っている時に開いた一節は、不思議とよく残ります。

だから、積んである本を前から順に消化しようとしなくていいと思っています。今週の困りごとに関係しそうな一冊を引っ張り出して、その部分だけ読む。関係のない本は、また出番が来るまで棚で待っていてもらう。全部を読み切る計画を立てるより、この行き当たりばったりに近いやり方のほうが、私には続いてきました。

まとめ

積んだ本に引け目を感じるとき、多くの場合は根気が足りないのではなく、「通読しないと意味がない」という前提が重すぎるだけだと思います。本は最後まで読み切るものという枠を外して、必要な時に引ける資料棚として持ち直す。開く順番は、読みたい気持ちより、いま解きたいことで決める。派手なやり方ではありませんが、この持ち方にすると、積読は責める対象ではなく、そのうち役に立つ手持ちに変わっていきます。読み切れない自分を責める前に、一度、本との付き合い方のほうを緩めてみてもいいのかもしれません。