「地道な改善で成果が出た事例が知りたい」。そう思って検索する時、心のどこかで期待しているのは、たぶん「これをやったら一気に変わった」という一発逆転の話ではないかと思います。私自身、うまくいっている人の事例を探しては、自分のやり方が遅すぎるのではと落ち込む、ということを何度もやってきました。
先に思っていることを書いておきます。実際に後から効いてくるのは、記事にしづらいくらい地味な積み重ねのほうだ、というのが正直な実感です。派手な事例ほど、再現できる部分が案外少ない、とも感じています。
「劇的な事例」は、たいてい後半だけが見えている
世に出ている成功事例は、どうしても分かりやすい山場が切り取られます。「ある施策で問い合わせが増えた」といった形です。ただ、その一手が効いたのは、その前に地味な下ごしらえが積まれていたからだ、というケースがほとんどだと感じています。見えているのは物語の後半だけで、前半の泥くさい部分は記事に残りにくい。
だから、派手な事例をそのまま真似ても、うまくはまらないことが多いのだと思います。悪いのは自分の根気ではなく、再現に必要な前半部分が事例から抜け落ちている、というだけのことが多い気がしています。
ツールより先に、「こうしたい」の蓄積がある
もう一つ感じているのは、順番の問題です。新しいツールを入れれば変わる、という発想でいると、たいてい定着しません。私の場合も、先にあったのは「この作業、毎回めんどうだな」「ここがこうだったらいいのに」という、日々の小さな引っかかりのメモのほうでした。それが溜まっていたから、後からツールが手に入った時に「あれに使える」と結びついた、という順番です。
逆に言うと、道具が先で目的が後、という順だと、たいてい持て余します。地道な改善が効くというのは、根性論の話ではなくて、「何をどうしたいか」を先に手元へ溜めておいた人ほど、新しい手段を活かせる、という順番の話だと思っています。派手さはありませんが、この積み重ねが結局いちばん効いてきた、というのが実感です。
事例は「結果」より「前半の手順」を読む
そう考えると、事例の読み方も少し変わってきます。「何を使って、どれだけ増えたか」という結果の数字を追うより、「その前に、どんな地味な準備を積んでいたか」を読み取るほうが、自分のところに持ち帰れる気がしています。数字は環境ごとに違うので真似できませんが、前半の手順は真似できることが多いからです。
もし今、うまくいった事例を見て焦っているなら、その事例の華やかな結果ではなく、そこに至るまでに積まれていたであろう地味な部分を想像してみる、というくらいでいいのだと思います。自分の手元にも、まだ言葉になっていない小さな改善が積まれているはずで、それは事例に載る誰かのものと、そう変わらないはずです。
まとめ
地道な改善で成果が出た事例を探す時、私たちはつい派手な後半だけを見て、自分の遅さを責めてしまいます。けれど実際に効いてくるのは、記事にしづらいくらい地味な前半の積み重ねのほうで、そこは事例からは抜け落ちがちです。ツールや手法が先ではなく、「こうしたい」という日々の引っかかりを先に溜めておくこと。事例は結果の数字より前半の手順を読むこと。派手さはありませんが、この持ち方にすると、他人の事例に焦る時間が、自分の手元を積み直す時間に変わっていきます。
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